2012.09.05 独言

【掲載情報】読売新聞「マッサージ師の支援に力」

2012年8月31日の読売新聞に、

日本マッサージ師支援協会の事務局を担当頂いている玉橋さんが掲載されました。

ご厚意にさせて頂いている方が新聞に載るなんてびっくりです、

しかも、ご婚約の事、、新聞で知りました!

玉橋さんおめでとうございます!!!激しくうれしいです。

 

 

記事は以下の通り。

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東京電力福島第一原発がある福島県大熊町で、
祖母が創業した温泉旅館の調理場を任されていました。
宿泊客には原発労働者も多く、ずっと家族で旅館を営んでいくつもりでした。

東日本大震災では電話や電気が止まって情報が途絶え、原発事故を知ったのは翌日。
すぐに、家族5人で約40キロ西の福島県田村市の体育館へ避難しました。

3か月ほどで生活は落ち着きましたが「自分だけでも収入を得なければ」と思い、
大学と調理師学校時代の計9年を過ごした大阪で、仕事を探すことにしました。

孫が福島に戻ったと喜んでいた92歳の祖母が、泣いて泣いて……。それが一番つらかったです。

昨年7月、大阪市営住宅で暮らし始めた時は家具もなくインターネットで様々な支援情報を探しました。
転機は、避難者への物資提供などに取り組んでいた「日本マッサージ師支援協会」(大阪市)の野中勝志理事長と出会い、
仕事を手伝い始めたことでした。

協会は、マッサージ師がリハビリ患者などを訪問施術する際、
医療保険の適用や診療報酬明細書(レセプト)作成の事務作業を代行するほか、
顧客の新規開拓を手伝うなど、
マッサージ師の独立開業を後押しする組織です。

協会事務局で働くうち、患者やマッサージ師らに喜んでもらえる協会の活動に感心し、
同じ仕組みを福島に持ち帰れないかと思い立ちました。原発事故以降、
福島に残ったのは高齢者が多く、マッサージ師の需要も多いはずです。

10月には大阪で知り合った女性と結婚予定で、
いずれはマッサージ師の資格も取得したいと思っています。

原発事故の影響で旅館の経営を続けるのは難しいと思いますが、
5年後には福島県郡山市で避難生活を続ける家族の元へ戻りたい。

新たな仕事を通じて、少しでも福島の人々の助けになれたらと思っています。

 

 

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